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占いという名のカウンセリング

浜松葵町のジーンズショップ「OSADA」が10月9日をもって閉店になるそうであり。磐田のOSADAも8月17日をもって閉店されたとのこと。葵町店では20年近く営業されたという、ぼくにはほとんど馴染みのないお店ではあったが閉店セールの張り紙を見るのは、業歴が長いほどさみしいものがある。アパレルに限らず郊外の大型店舗はどこも苦戦しているのはイオンなどに入ればよくわかる。先日も静岡の街を歩くと谷島屋さんにはシャッターが下ろされ「移転案内」が張り付けられていた、本屋さんがどんどん消えていくことはよく新聞などでも取り上げられ残念な思いを抱いているものの、そんな自分だってここ何年か本はネットを利用して買っているのである。

まあ便利なものが開発されるのは消費者のニーズがあるからであり、古いものは淘汰されていくことは自然な流れである。これからはAIの普及により、仕事そのものが奪われてしまうなどともいわれている。でもいくら時代が変わっても脈々と生き続けてきたものもある、しかも伝統芸能のように、一部の人間に限られ継承されてきたものばかりかというとそうでもない。例えば「占い」、OSADAの話が出たので浜松市を例に見るとどうだろう。試しにほかの街を調べてもそこそこの店がこんな時代の中で暖簾を掲げているのである、なぜだと思いますか。

本を読んでみると占いは「当たるも八卦、当たらぬも八卦」のことがあらわす当たり、ハズレといったものではなくカウンセリングの要素が強く、明日の天気を知りたいのではなく、人間関係の悩みやどう生きるべきなのか、などと言ったことを相談に訪れる方が多いとのことである。よく会社経営者も利用されるそうであるが、会社の方針を占いで決めるのか、などと勘ぐってしまいそうであるがそうではない。組織においては、トップになるほど周りから本音で助言されることはないのである。また悩みを打ち明けたくても愚痴をこぼしたくて、もむやみに側近に漏らすわけにもいかない。

人生経験豊富な占い師さんの言葉、忠告もバカにならないのあろう。占い師はカウンセラー、そう考えるとこんな世の中においては「繁盛」しているのかもしれませんね。